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「アパレルビジネスにおいて、本当に大切な条件って何だろうか?」

アパレル業界の古い慣習に疑問を持っていた私たちが、まずは既存のアパレルのプレス・営業の考え方を一度疑うことから立ち上げました。

アパレルのブランド・ショップの最適なシナリオをご一緒に考えることは、私たちにとって、楽しくそしてクリエイティブなものだと感じております。私たちの目標は、あなたのブランド・ショップの新しい魅力を発見するための支えになることです。

 

松尾 美貴子 取締役 PR ディレクター
1980年生まれ。数社で販売・企画の経験を経て、H.P.FRANCE(株)小物事業部プレスを担当。2003年、23歳にアタッシュ・ドゥ・プレスとして独立起業。現在、Muse Press(ミューズプレス)代表取締役。

赤崎 隆 代表取締役
1972年生まれ。成城大学法律学部卒。大手アパレル会社へ入社後、営業・生産・MDを経て、2002年独立。日本・パリの展示会に出展後、直営店を2SHOP 出店。現在、上場企業からクリエーターまでのアパレルに関するプロジェクトのコンサルティング、M&Aや企業再生支援にも励む。


100以上のブランドのプレスを経験し、得たこと・・・

 

私は幸運にも、これまでに数々のデザイナーズブランドをプレスの立場で見てきました。

洋服から小物まで何万点と扱うリース屋会社で商品に触れてきたこと、大手アパレルメーカーに入り数百ブランドの PR に携わったこと、これが現在の基本となっています。

プレスという仕事は独特ですが、物創を創造し、形にするデザイナーさんを心から尊敬していることから今のプレス業務がスタートしています。

会社勤めの時代は、デザイナーと接触するのは年に2回程度で本国へ行き、見せるものと言えば、美しくシューティングされた雑誌の掲載誌。日頃、顔を 合わせて接触することの無かった海外へのデザイナーに対しては誌面で表現された自身のブランド露出だけが結果だったのです。このような誌面になるまでの経緯や活動が、全く理解されず、プレスとして悲しい気分になったことも多々ありました。

そこで、もっとより良いプレス活動をしていくために、デザイナーや企業側と、直接自分が関わることを決意し、独立したのは23歳の時です。独立当初にして7ブランドを抱え、ショールームが無ければプレス活動が困難なため、PR 会社を持つ友人に相談をし、友人の事務所を間借りさせてもらいながらフリープレスとしての道が始まりました。

社外プレスは経験した事が無かったので、クライアントさんと密に連絡を取りながらどんな方法で宣伝活動を行っていくかを話し合い、クライアントさん と一緒に私も歩んできました。そしてそれは今でも変わらないスタンスです。やはり創り手に耳を傾け、ベストな方法を模索し実行出来る事が独立して良かったなと思う醍醐味です。

その結果、独立から3年半の間に30以上のブランドを手掛け、雑誌に掲載してきた数は1年間50誌に及びます。その中でも一番にヒットしたブランドでは半年で30誌の実績を作り、純粋な PR という概念において快挙とも言われる数字をあげてきました。

また、ブランドの商品を雑誌掲載し、1ヶ月に100件近いユーザーからの購入希望の電話が相次いだり、商品問い合わせのお電話が毎日鳴り止まず、次 のシーズンまで予約待ちになったりと、販売促進の最大の補助であると実感するのもこんな瞬間です。商品を売る補助だけではなく、ブランドや新店オープンの プレスパーティーでは、たった2時間の催しで200人以上の集客をし、短時間で多くのプレス関係者にブランドを知る機会も作ってきました。

このような実績から今では、大手アパレル企業の新ブランド立ち上げやグローバルブランド、海外コレクションブランドのオファーまで、幅広いプレス依頼を頂いております。

ブランド側が新しいプロジェクトを始動する時に、これまでの経験を活かした提案ができること、それが具現化すること、結果が出せること=クライアン トが喜んでくれること、世間がブランドを知ること、プレスとして携わる数々の経験は全てが実績となり、また経験値の豊かさがクライアントへの信頼にも繋 がってゆきます。

デザイナーさんの支援をメディアという媒体を通じて表現し、色々な方に知ってもらう機会を作りメディアとデザイナー、そしてユーザーを繋ぐ架け橋となり日々、クライアントと共に成長し続けたいと願うファッション人生です。

 

September 2007
取締役 PR ディレクター
松尾美貴子

他業界で使われるマーケティングを自らの経験で体得し、アパレル企業の新規事業、再生支援へ

 

私のアパレル業界との関わりは、1993年にさかのぼります。 大学に在籍中の頃、世間では古着、ヴィンテージのブームがあり、代々木フリーマーケットが大人気でした。その頃に古着、スニーカーを買い付けてはフリー マーケットで売るという商売の原点に魅了され、大学を卒業した私はやはり仕事をするなら好きなことをやりたいと考え、大手アパレルメーカーに就職いたしました。

学生時代のプライドを年下の店長にズタズタにされながら、ショップスタッフを一年間経験し、その後、営業(出荷業務も含む)生産と一通りの職種を経 験し後、MDとして活躍するまでに至りました。この時期は毎日のように怒られながら、無我夢中で朝から終電まで働いていたのを思い出します。 アパレルビジネスの基礎は、この時期にとことん叩き込まれました。

その当時、まだ会社に前例がないセレクトショップの運営などの新規事業も任され、まさに数年分の経験を積ませてもらいました。 そんな絶頂期に、思い切って会社を辞めて、アパレルメーカーとして独立起業することにしました。2002年04月のことです。

さて、起業して何をやったかと言いますと、レディースアパレルのメーカーでした。これが自分の学んだことを活かし、これからの経験を築くと考えたか らです。 結果は手前ミソになりますが、たった半年で日本の28件の卸先と契約することができました。次のシーズンには、ステラ・フォレスト、イバナ・ヘルシンキらと共にパリの展示会へ出展。パリ、ロンドンを中心にマンチェスター、コルシカ島などの海外でも6件の卸先と契約することができました。しかも優良ショップばかりです。

今までは、『展示会の開催が鍵』でしたが、それだけでは多くのオリジナルブランドが結果を出せないなか、私はある方法で一点突破をはかり、優良ショップとの契約を結び、それから一気に効果的なDMを使って全国の優良ショップとの契約を小予算で集める方法を取りました。 (他業界でよく使われるマーケティング戦略がアパレル業界では新鮮で非常に効果があったのです。)

そこからは順調に独立起業後、半年でオリジナルブランドを中心としたセレクトショップをオープンし、またその半年後にはファッションビルからのお誘 いで2号店もオープンしました。この成果は、私にとって大きな自信になりました。 しばらくして、私の活動を見ていた他社の社長の方から『うちのブランドも見てくれないか?』という依頼がくるようになりました。それが、マーケティングや 営業に関する相談が増えてきていたのが、私が身に付けた知識をこれからの才能あるクリエーターやデザイナー、起業家のために還元しようと考え始めたのが最初のきっかけでした。

その後、アパレル商社の中国を中心としたOEM 生産に携わるうちに、大手企業特有のビジネスに疑問をもち始めました。悔しいのですが、熱意のあるクリエーター、デザイナーの仕事の依頼を規模が小さいという理由だけで断った経験もあります。 このようにして、ロットなどのあらゆる面でますます不利になっていく個人の方や中小企業の経営者のために何かしたいという気持ちが固まったのです。

アパレル業界は厳しい状況を迎えています。 しかし、一方では成功している方がたくさんいるのも事実です。 他業界に比べ、少人数で立ち上げることができ、実力次第では十分に大手のシェアに食い込むことができるアパレル業界にはたくさんの夢と希望があると思っております。

大きな夢をもっているクリエーター、デザイナー、バイヤーや起業家であるあなたに、私の経験がお役に立てれば、こんなに嬉しいことはありません。 まだまだ、新しいこと、やりたいことはたくさんありますが、これからも一度きりの人生、共鳴してくれるクライアントさん一緒に、堪能していきたいと思います。

 

October 2006
代表取締役
赤崎 隆
 

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